33の第1級地方自治体(30の州、2の特別地域(特別州)、1の首都特別区域(特別市))に分かれる。
第1級地方自治体は、
(便宜上4区域に分ける)
スマトラ島: ナングロ・アチェ・ダルサラーム、北スマトラ、西スマトラ、リアウ、リアウ諸島、ブンクル、ジャンビ、南スマトラ、ランプン、バンカ=ブリトゥン
ジャワ島〜ティモール島: ジャカルタ首都特別区域*、ジョグジャカルタ*、バンテン、西ジャワ、中部ジャワ、東ジャワ、バリ、西ヌサ・トゥンガラ、東ヌサ・トゥンガラ
カリマンタン島: 西カリマンタン、中部カリマンタン、東カリマンタン、南カリマンタン
スラウェシ島〜パプア: 西スラウェシ、南東スラウェシ、中部スラウェシ、南スラウェシ、ゴロンタロ、北スラウェシ、マルク、北マルク、西イリアン・ジャヤ、パプア。
*は特別州。特別市は、ジャカルタ。 現在、州の再編を進めている最中であるため、上記の州区分に変更が加えられている可能性が極めて高い。
[編集] 地理
インドネシアの地図インドネシア周辺では、ユーラシアプレートやオーストラリアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートなどがせめぎあっており、環太平洋火山帯(環太平洋造山帯)の一部を構成している。そのため火山や地震が多く、2004年のスマトラ島沖地震、及び2006年のジャワ島中部地震では甚大な被害を受けた。また、スメル山は、ジャワ島の最高峰(3676m)であり、世界で最も活動している火山の一つである。
[編集] 主な島
ジャワ島 - 首都ジャカルタのある島。
スマトラ島 - マレー半島の南西に横たわる島。特に北部は天然資源が豊富。
スラウェシ島(セレベス島)
カリマンタン島(「ボルネオ島」はマレーシア側の呼称。)
バリ島 - 観光で有名な島。住民の大半はヒンドゥー教徒。
ロンボク島 - バリ島の東隣の島。近年になって、観光開発が進み始めた。
スンバワ島 - 1815年に、島内のタンボラ山が有史上最大の噴火を起こしている。
コモド島 - コモドオオトカゲ(コモドドラゴン)が生息する島。
フローレス島 - 住民の多くはカトリック教徒。
ハルマヘラ島
テルナテ島 - 香料産出地として南隣のティドーレ島とともに、大航海時代に西洋列強の収奪の拠点となった。
ティモール島 - 西側半分がインドネシア領。
マルク諸島(モルッカ諸島)
クラカタウ島 - 1883年に大爆発した火山島。ジャワ島とスマトラ島の中間に位置する。
ニューギニア島 - 西側半分がインドネシア領。天然資源が豊富。インドネシア国内では「パプア」「イリアン」などと呼ばれている。
[編集] 経済
農業国である。農林水産業ではカカオ、キャッサバ、キャベツ、ココナッツ、米、コーヒー豆、サツマイモ、大豆、タバコ、茶、天然ゴム、トウモロコシ、パイナップル、バナナ、落花生の生産量が多い。特にココナッツの生産量は2003年時点で世界一である。鉱業資源にも恵まれ、金、スズ、石炭、天然ガス、銅、ニッケルの採掘量が多い。OPEC(石油輸出国機構)に加盟する産油国でもあるが、2004年以降は原油の輸入量が輸出量を上回る状態であるため、2008年12月に脱退する予定である。
工業では軽工業、食品工業、織物、石油精製が盛ん。コプラパーム油のほか、化学繊維、パルプ、窒素肥料などの工業が確立している。 松下電器産業、オムロン、ブリヂストンをはじめとした日系企業が現地に子会社・あるいは合弁などの形態で、多数進出している。
独立後、政府は主要産業を国有化し、保護政策の下で工業を発展させてきた。1989年には、戦略的対応が必要な産業として製鉄、航空機製造、銃器製造などを指定し、戦略産業を手掛ける行政組織として戦略産業管理庁(Badan Pengelora Industri Strategis)を発足させている。しかし同時に、華人系企業との癒着や、スハルト大統領ら政府高官の親族によるファミリービジネス(Family buisiness)等が社会問題化し、1996年には国民車・ティモールの販売を巡ってWTOを舞台とする国際問題にまで発展した。しかし、1997年のアジア通貨危機の発生により、インドネシア経済は混乱状態に陥り、スハルト大統領は退陣に至った。その後、政府はIMFとの合意によって国営企業の民営化など一連の経済改革を実施したが、失業者の増大や貧富の差の拡大が社会問題となっている。
[編集] 国民
[編集] 人口
2004年の人口は2億3,845万人で世界第4位。近い将来パキスタンに抜かれ5位になるものの、2050年の推計人口は約3億人。また、全国民の半分以上がジャワ島に集中しているため、比較的人口の希薄なスマトラ島、カリマンタン島、スラウェシ島に住民を移住させるトランスミグラシと呼ばれる人口移住政策を行ってきた。
人口増加率:1.52%(2003年)
[編集] 言語
公用語はインドネシア語でインドネシアの国語となっている。会話言語ではそれぞれの地域で語彙も文法規則も異なる583以上の言葉が日常生活で使われている。インドネシア語が国語と言っても、日常で話す人は多くて3,000万人程度で国の人口比にすると意外と少ないが、国語になっているため第2言語として話せる人の数はかなり多い。また、首都ジャカルタに出稼ぎにでる人も多い為、地方の人でもインドネシア語は必須であり、話せないと出稼ぎにも影響が出てくる。
識字率:88.5%(2003年)
[編集] 民族
大多数がマレー系、他に約300の民族、中国系(華人)約5%。
ジャワ人 45%、 スンダ人 14%、 マドゥラ人 7.5%、 沿岸マレー人 7.5%、 その他 26%
父系・母系を共に親族とみなす「双系社会」であり、姓がない人もいる(スカルノ、スハルトなど)。
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[編集] 宗教
インドネシアは憲法29条で信教の自由を保障している。パンチャシラでは唯一神への信仰を第一原則としているものの、これはイスラム教を国教としているという意味ではない。インドネシアは多民族国家であるため、言語と同様、宗教にも地理的な分布が存在する。バリ島ではヒンドゥー教が、スラウェシ島北部ではキリスト教(カトリック)が、東部諸島およびニューギニア島西部ではキリスト教(プロテスタント、その他)が優位にある。
最新の統計(ブリタニカ国際年鑑2007年版)によると、イスラム教76.5%、キリスト教13.1%(プロテスタント5.7%、独立教会4.0%、カトリック2.7%、他)、ヒンドゥー教 3.4%、伝統信仰2.5%、無宗教1.9%、その他 2.6%となっている。
イスラム教徒の人口は、1億7000万人を超え、世界最大のイスラーム教徒(ムスリム)人口を抱える国となっている(インドネシアは世俗主義を標榜しており、シャリーアによる統治を受け入れるイスラーム国家ではない)。
イスラーム
ナフダトゥル・ウラマー
仕事
ムハマディア
ジュマア・イスラミア
プサントレン
[編集] 紛争
インドネシアはその民族・宗教などの多様性や、人口や経済力・政治力の集中するジャワ島・ジャワ人への反発もあって、いくつかの紛争を抱えている。
東ティモールは独立運動の末、国連の暫定統治を経て2002年に独立したが、その他にもアチェやパプア州において独立運動が展開されており、カリマンタン島では民族対立が、マルク諸島ではキリスト教徒とイスラム教徒の宗教対立が存在する。アチェ独立運動も参照。
[編集] 文化
インドネシアの宗教・文化は島ごとに特色をもつが、日本ではバリ島のガムランなどのインドネシアの音楽や舞踊が知られる。またワヤン・クリと呼ばれる影絵芝居や、バティックと呼ばれるろうけつ染めも有名である。
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[編集] 教育
インドネシアの教育体系は、教育文化省が管轄する一般の学校(スコラ sekolah)と、宗教省が管轄するイスラーム系のマドラサ (madrasah) の二本立てとなっている。いずれの場合も小学校・中学校・高校の6・3・3制であり、このうち小中学校の9年間については、1994年、義務教育にすると宣言された。スコラでもマドラサでも、一般科目と宗教科目を履修するが、力点の置き方は異なる[4]。
大学をはじめとする高等教育機関も一般校とイスラーム専門校にわかれており、前者については1954年に各州に国立大学を設置することが決定された。以下、インドネシア国内の代表的な大学のリストを挙げる。
インドネシア大学(UI)
ガジャ・マダ大学(UGM)
バンドゥン工科大学(ITB)
パジャジャラン大学(UNPAD)
ボゴール農科大学(IPB)
スカウト
インドネシア教育大学(UPI,旧IKIP)
インドネシア国立芸術大学
ウダヤナ大学(UNUD)
マハサラスワティ大学
トリサクティ大学
スラバヤ工科大学
アイルランガ大学 - スラバヤにある国立大学。
ディポネゴロ大学 - 中部ジャワのスマランにある国立大学。
ハサヌディン大学(UNHAS) - 南スラウェシ州都のマカッサル(旧名ウジュン・パンダン)にある国立大学。
チャンドラワシ大学 - パプア州都のジャヤプラにある国立大学。
ブラウィジャヤ大学 - 東ジャワのマランにある国立大学。
[編集] 文学
インドネシア文学をインドネシア語、またはその前身であるムラユ語で、インドネシア人によって書かれた文学作品のことであると限定するならば、それはインドネシアの民族主義運動期に生まれたといえる。1908年、オランダ領東インド政府内に設立された出版局(バライ・プスタカ)は、インドネシア人作家の作品を出版し、アブドゥル・ムイスの『西洋かぶれ』(1928年)など、インドネシアで最初の近代小説といわれる作品群を出版した[5]。
また、インドネシア人によるインドネシア語の定期刊行物としては、1907年にバンドンで、ティルトアディスルヨが刊行した「メダン・プリヤイ」が最初のもので[6]、その後、インドネシア語での日刊紙、週刊誌、月刊誌の刊行は、1925年には200点、1938年には400点を越えていた[7]。
以下、代表的なインドネシアの作家・詩人・文学者を挙げる。
プラムディヤ・アナンタ・トゥール
モフタル・ルビス
ハイリル・アンワル
セノ・グミラ・アジダルマ
グナワン・モハマド
Y.B.マングンウイジャヤ
ユディスティラ・ANM・マサルディ
プトゥ ウィジャヤ
アイプ・ロシディ
[編集] 世界遺産
インドネシア国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が3件、自然遺産が4件ある。詳細は、インドネシアの世界遺産を参照。ボロブドール遺跡近郊はテロの危険性があるため要注意。